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“自分の好きに生きてよいのだということをなんどもなんどもなんどもわすれる”— Twitter / oshimatomoko (via kazukij)
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“自分の気持ちに従わないで良かったことがあっただろうか”— error403/twitter
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“言ってほしい言葉が言ってほしい人の口から話されるのを、私はいつもこれが最後かもしれないと思いながら。”— __lmn
(via superlongtall)
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#illustration #イラスト
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Post reblogged from EXTraCt from WOrLds( 対称性の憂鬱) with 46 notes
うつくしい、ということがすべてを赦すのだと思う。
本当になにもかも諦めてしまいそうな時に、いつもうつくしさというものが人生を救ってきてくれた。うつくしいひと、うつくしいことば、うつくしいじかん。
それはふとしたときに訪れる完璧な瞬間で、すれ違った車のボディが跳ね返す光や、風になびくカーテンの軌跡や、綺麗な人の泣き顔や、目を覚ましたときに聞こえる雨の音や、ネットで見かける詩集の一節や、そういうもの。
孤独なひとであっても、意義のあることができなくても、何もかもうまくいかなくても、それは雨の日のようにあるときに訪れて、生きるということを赦してくれる。
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時間、というものが僕たちを断絶させているのだと思う。
生きてきた時間、生きている時間、起きている時間、自由にできる時間。そういうものによって僕たちは分かたれていて、それは埋めることができないけれど、ネットに放流された情報たちは時間から解放されて、ずっと海を漂うように流れている。
5年前に誰かが言ったちょっといい言葉が、今日もtumblrで流れてくる。誰かがそれをコピペしてツイートする。
それでも時間によって分かたれている僕たちは出会ったりはしないけれど、ただ、辿ることもできない痕跡だけが永遠に漂っている。それを知ることが出来る。昼と夜、というのは時間のことではないのだって、ネットで流れてきた言葉。
僕たちは、昼、という場所と、夜、という場所をくるくると周りながら、それを日々、と名付けて年老いていく。出会うこともなくいつか死んでしまうひとたち。
出会っていれば、愛しいと思うこともあったかもしれないけれど。
さびしさなんてどうせちょっとうれしいことがあれば蒸発してしまう揮発性の感情で、それをわざわざ恨みとか自己嫌悪なんかのめんどくさいものに加工する必要はない。
今でもときどきさびしさの波のようなものは訪れるけど、別におそれるようなものではなくて、そういうときもあるわね、というぐらいで、おおむね楽しくやれています。
なりたかった状態に自分を持っていけたことは、うれしかったし、安心した。
それで今になって思うのは、かつてさびしさに無縁で幸福そうに見えたあの人たちにも、きっとさびしさの波は訪れていたのだろうということです。
決して、わたしだけがさびしかったわけではないのだと。
ただ、彼らはさびしさを正しく運用していただけなんだ。
それだけのことなんだ。
大人なんてさびしくて当たり前で、でもそれはただ優しさを指向する力で、だれのせいでもなくて、みじめに感じることもなくて、その力にさからわずに、惹かれるままに、自分のさがしているものを見つければいい。
Source: d.hatena.ne.jp
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